私も書きたくなったので。

ジャニヲタの愛に溢れた文章が好き

24時間テレビの意義(放送後)

例えばの話です。

あなたはNEWS の大ファンで、幸運なことになんとNEWS 四人と一番大好きなチャンカパーナを踊れる機会に恵まれました。

もう練習なんて要らない位、動きも歌詞もバッチリなあなた。絶対踊りたい。

しかし、あなたには一つ他人と違う所がありました。生まれつき両手の親指も小指もないのです。

こ存じの通り、チャンカパーナは親指と小指を立てる振り付けや、小指で頬をぐりぐり押さえる動きが特徴です。

指のない障害者にそれをやらせるなんて。
まるで見せ物じゃないか。
敢えてこの曲を選択するのは失礼だ。

世間は批判的です。
少なくとも、外野からはそう見えている。

だけどあなたは、踊りたい。
指の振り付けは出来ないけど、腕やステップの動きはできる。
せっかく大好きなNEWS と大好きなチャンカパーナを踊れるのに、指がないからって何で勝手に否定されるの。

可哀想だとか失礼だとか、それは私が決めることなのに。

私はやりたい、それだけなのに。





昔、ニュース番組で聴覚障害の女子大生が特集されていて。
なんと同じ聴覚障害の女の子同士でカラオケに行くという。

「聞こえないのに、カラオケ??」

スタッフの質問に、彼女たちは答えていました。

「聞こえないけど、何となくリズムにのったり飛び跳ねたりできて、楽しいから。」

電話でドリンクの注文をしても、うまく通じない。
だから直接店員さんに声を掛けにいく。

そうやって、彼女たちは彼女たちなりにカラオケを楽しんでいた。



なんでこんな話をするかと言うと、結局批判って健常者からの意見だなーと思うからです。ちなみにカラオケの特集は昔のこと過ぎて、細かいところは違うかもしれないです。すみません。



学生時代、聴覚障害の同級生がいたのですが、授業内容を学生が考えて実行するって企画の中で、伝言ゲームをすることになりまして。その子だけ耳打ちじゃなくて筆談になったけども。

正直、その子に気を遣ってやれよ、って当時は思いました。

だけど今思えば、健常者と同じように聞こえなくても、その子は伝言ゲームを楽しんでいたかもしれないなと。そもそも健常者と同じ教室で学ぶことを選択した時点で、全面的に気を遣ってほしいなんて思わないよなって。むしろなるべく皆と同じことをしたいから、ここにいる。

皆とやり方は違うけど、工夫は必要だけど、伝言ゲーム自体に抵抗があるわけじゃない。カラオケのお誘いがあれば、聞こえなくても雰囲気だけでも楽しみたいとか、そう思っていたかもしれない。

まぁ、ひどい!!なんて失礼なのって、傷つく可能性もあるから、その子の考え方を知った上で誘うとか、それなりに親密になってないと難しいですけど。




やっぱり大多数の健常者からしたら、障害者ってどこか一線引いた存在なんですよね。親切にしなきゃ、障害がある分私たちより苦労してる、だから失礼なことしちゃダメだって、普通の人は思ってしまう。

けどそれが結果的に障害者が浮いてしまう原因でもあるわけで。

指がなくてもチャンカパーナ踊りたいし、聴覚障害だろうとカラオケは楽しい。ちょっと楽しみ方は皆と違うかもしれないけど。

だけど世の中がそれをタブー視してる。気を遣うという思いやりが、私たちの楽しみを哀れんだ目で見てくる。私は気にしてないのに、やりたいのに。




ずっと前からお涙頂戴とか、感動の押し売りだとか言われてますね。私もそういう作りなのは認めるし、同意する部分もあります。

でも、少なくとも番組に出てる方々は、出たくて出てるんですよ。確かに中々キツいことさせるなって思ったりしますが、まず間違いなく主治医に相談して許可もらってるだろうから、やってやれなくはないことをしている。テレビ局側もお蔵入りしかねないことは怖くてできないし。



始まる前から議論になっていたPerfect human。
健常者が歌って踊る分には、どこからも差別を助長するだなんて言われてなかったし(私が知らないだけだったらすみません)、大多数の人が面白いし楽しいと思っていたから、ここまで流行った。

確かに、この歌詞の意味は、障害者が歌って踊る際に皮肉に聞こえるかもしれない。

でも少なくとも、あの女の子はそんな捉え方してないと思うな。単純にこの曲が好きで、流行ってるし、テレビに出られるし、オリラジさんと踊りたい。小さい子供なら、歌詞の意味を深堀したりしないから、なおのこと動機は単純でしょ。


ご家族も楽しんでる子供さんを見て、いい思い出が出来たって喜んでたんじゃないかな。
昔なにかで見たと思うのですが、神木隆之介くんが芸能界に入ったきっかけが、
「からだが弱くて、長く生きられるか分からなかった。だからこの子の生きた証を残したいと、親御さんが子役に応募した。」って話していて(一応Wikipediaにはそんな記事ありました)。

この番組に出るような子供たちの中には、大人になれる可能性が低い子もいて、そんな子供がテレビの力を借りないとできないような、人生で一番の思い出になるかもしれないことをさせて貰える。親御さんからしたら、そりゃ嬉しいよね。生きた証になるかもしれないんだから。



どんなテーマであれ、テレビに出た時に障害者は障害者として写ってしまう。例えやっていること、話していることが普通の人となにも変わらなくても、障害者の行動、意見として見られる。

そんなの番組制作する側からしたら邪魔なフィルターだから、結果的に障害を軸にしたテーマのメディアにしか障害者は出れない。テレビなんて気晴らしに暇潰しで見てる層が多い中で、障害者を障害者として扱う番組なんて、重くてあんまり視聴率良くないだろうね。

国営放送でもなければ、スポンサーが怖くて障害を弄るような番組、作れないし。あ、私は国営放送はこういうことできるのが強みだと思ってるので、日本全国どこにでもこのクオリティ届けられるなら、受信料って意味あるなって思ってますよ。


前にも書いたのだけど、障害をタブー視するあまり、私たちは無意識に障害者の情報を目に入れないようにしてしまう。だから正しい知識が広がらなくて、聴覚障害者にカラオケなんて失礼だっていう思い込みから抜け出すチャンスがない。大人がそうなら、未来を変えていく子供たちにはもっと機会がない。

ゴールデンタイムに、しかも子供の在宅率が高くなりそうな夏の終わりに、障害者がチャレンジしたり中々出来ないことをする、年に一度くらいこういう番組あってもいいんじゃないかな?タブー視しないでいい、それを決めるのは本人だって、ある種当たり前なことを実現しているのだから。


まぁ、すべての障害者がやる気に満ち溢れていて、可哀想に思われたくないわけではないと思う。だっていたもの。私の勤めていた病院にも、障害者であることの甘い蜜に何としてでもすがりつこうとする患者。まぁ人間だから、どうしても楽して生きたい人って出てくる。それは健常者も同じ。

こういう番組が嫌いな障害者が多いってデータもあるらしいけど、そりゃ好きな人ばっかりじゃないだろう。
自分はどうあれ、世間から哀れみの目で見られるなんて、そんなの嫌だって人もいるでしょう。私はそんなに頑張れない、頑張りたくないって人からすれば、辛いから見たくないのも分かります。美談ばっかじゃねぇよ、って言いたいのも分かる。

だけど、あの番組に出ることに、意義を感じる人も確かにいるんです。中々出来ない経験が出来たって、喜んでる人はいる。見ている人が冷ややかでも、本人は暖かい気持ちになっている。




なので、否定派の皆さん、可哀想だと思ったり感動の押し売りって思うのはあくまであなたの主観なんです。確かに大多数の視聴者から見てそう思われる時点で、番組としてはどうなのかって意見は分かります。でも、少数派の人々が主役になって、普段周りからはタブー視されてることに挑戦する、やり遂げて感動する。時にはそんな番組があっても悪くないって思ってみてはいかがでしょうか。


それにキライとか否定するより、それもありかな~って許容範囲を広く持つ方が、多分ストレス少なく生きられるよ!!!それでも嫌なら見ない、これに尽きる(笑)









・・・昨晩人生で初めて急な腹痛と嘔吐で死にかけて、とりあえずしばらく水飲まないで安静にしなきゃいけないらしいけど喉が乾くわ暇すぎるわなので書いてみた。多分原因は自分の手料理っていうね・・・。けっこう気が紛れました。

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